変わらないもの

この前Twitterであるツイートを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内容としてはまあ、「選択肢に溢れるこの世界では大抵のものは替えがきく。しかし愛するチームだけは変えられない。」

 

みたいな感じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんで昨日阪神ファンの友達と話しててその彼も言ってたのが「阪神の応援なんてストレスの方が多いけど、変えられるか?と言われると変えられない。そういうことじゃない」って言ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに俺も日本ハムを応援してるけどストラスの方が遥かに多い。

 

弱いし。選手いなくなるし。遠いし。札幌に縁もゆかりもねえし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしどれだけイラつこうと、失望させられようと、愛するチームだけは変えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜならそれは理屈ではないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理屈というか、理由のある愛は替えがきく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜならその理由が失われたら愛する理由を失ってしまうから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大谷翔平を目的に球場に足を運び日本ハムを応援してくれてた人が今どれだけ球場にいるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

統計的データはないが、多分そんないないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう人たちにとっては来る理由がないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが別にそういう人たちを批判する気は毛頭ない。そういう人たちをリピーターに出来ない球団の努力不足は批判されるべきであって、応援する理由がないのに球場に足を運ぶなんて時間と金の無駄もいいところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ少しそれたが、そう言った理由で大抵の人間にとって愛するスポーツチームは変えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とか俺の周りの何かを応援してる人は小さい時から応援してる人がほとんど。小さい時の感情なんて理屈もクソもない。それが飽きずに続いたということは理屈や何かを超えたものを常に与えてもらっているということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

らしくない表現だというのは重々承知だが、「普遍的な愛」というのはまさにファンとチームの関係なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日々の疑問

突然だが俺はかなり疑い深い性格である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人のことはなかなか信用しないし、今まで信用してた人のことも割と信用しなくなるまでに時間は要さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日頃から疑う癖を持つようにしてると言うのもそうだが、そもそも人間なんて結局は誰しも自分のために生きている。

 

 

 

 

そして俺はその考え方を全く間違ってると思わない。自分の人生、一回きりだ。人生は選択の繰り返しだが、その時々で自分にとってベストと思われる選択を繰り返ししていく中で生まれる後悔ならば死ぬときに嬉しいことと帳尻合ってると勝手に思ってる。

 

 

まあそんな考えだから、どんな奴でも自分の利益を最大化出来るならば俺の事は簡単に裏切ると思ってるし、多分俺も今まで仲良かった奴がいるとしてもそいつとの絡みを切って自分にとって長期的な利益があるならば簡単に切ると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあこんなんだから友達少ないんだろうけど、誠に嬉しいことに今でも仲良い奴は心から気許せる人ばっかだし、学ぶことも多い人が多いのでそんな非行を起こす事は当面ないとおもわれる。

 

 

 

 

 

 

 

まあ彼らが俺との絡みを切ることが今後あっても別に酷いとは思わない。彼らにとって俺との付き合いはメリットがない、そう思われたのならば俺が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

先日父を乗せて運転してたら父が言ってたが「煽り運転はする奴が1番悪いが、される奴にも必ず原因がある。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあこれと同じ理屈だ。

何か嫌なことをされた、あいつはひどい奴だ!というのは簡単だが、一息ついて自分に原因がないかどうか振り返れる人間は意外と少ない。(まあ煽り運転は人の命も危険に晒すから極端な喩えなんだが...)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが運がいいことに、俺は自己評価がかなり低いので、大抵の場合自分が悪いと思える。

それは何も人間関係だけでなく、あらゆる「失敗」は全部自分に原因があると考えている。それで結果的に自分のせいじゃないと思えたならば、切り替えて酒でも飲めばいいし、自分の原因が見つかればそこを改善していけばいい。

 

まあいわゆるPDCAを回す、的な奴なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ自己紹介の一環みたいななったけど、全く今日の書くこととは関係ないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやまあ昨日銭湯に行ったんだが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこの銭湯は更衣室と浴場の間が手動ドアになっていて、閉め忘れるとまあ浴場に冷風が流れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶっちゃけ察しはつくと思うけど、まあ俺が出る時に閉め忘れたわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ閉め忘れたのにも気づかなかったんだけど、そしたら案の定ジジイがなんか叫んでて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さみいから閉めろよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明らかに俺が悪いのでさすがにそこは適当に平謝りしたが、そこで1つ思ったのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、さみいなら注意してねえでとっとと閉めろよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

繰り返しになるが、悪いのは俺。相手は何も悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、この局面で注意して何になるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあまあなジジイだったから多分先も長くない。あのジジイが俺に注意して俺が次からちゃんと間違いなく閉めるようになったとしてもあいつと時間帯がかぶる可能性はまあ結構低いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が理屈っぽいと言ってしまえばそれまでだが、ぶっちゃけあのジジイが注意したところであのジジイには何のメリットもないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の感覚だが、こうした「それ言ってどうすんの?」みたいなケースは老人に多い。言ったところで何か好転するの?ってケースだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がゆとり世代だからなのか、理屈っぽいだけなのか、その時の感情に任せて言いたいことを言うのはバカのやることだと思ってるので、理解は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けど同時に世の中には感情に負けちゃう人も多いから、上手く立ち回らないといかんなぁ、とも思う出来事、そんなふうに思った数秒間の出来事であった。

 

 

 

 

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最近使ってる洗顔フォームです。

 

素人が勝手に総括 

こんな年の瀬に何やっとるん?

と思われてもしゃーなしではあるが、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレミアリーグに年末年始はない。

ならばそのサポーターにも年末年始はないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はサッカーは全くの素人(フットサル始めてから利き足にボールが当たるようになった。20回に1回くらい左でも蹴れる)だが、活字オタクなので、ここでは俺が愛するリバプールの前半戦を勝手に総括したい。

 

まずはキーパーとDF人

 

 

 

 

 

 

 

 

まあでは監督から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユルゲン・クロップ

9.5点/10

 

ドイツが生んだ熱血漢は4年前の就任時にサポーターに1つのお願いと、1つの約束をした。

お願い

「疑う者から信じる者に変わろう」

約束

「4年後にリーグ優勝をしてみせる」

 

そして今年がその4年目。18試合を終えて17勝1分。1試合未消化にもかかわらず2位レスターに13差、昨季は1ポイント差で涙を飲まされたマンチェスターシティに14ポイント差をつけ、悲願のプレミアリーグ優勝へ向けて向かう所敵なしという文字通り「最強」のチームを作り上げた。

 

作戦とか細かいことは分からないが、クロップの凄いところは決してスーパースターを獲得しない。

なんならスーパースターを生み出す監督だ。

「スリリングスリー」と称されるサラー、マネ、フィルミーノは今のチームで唯一無二のスターになり(フィルミーノはクロップが就任する数ヶ月前に加入しているが)、降格チームから引き抜いたロバートソンは今や世界一の左サイドバック、ワイナルダムはチームの心臓、まあ他にも色々。

 

まあ言ってしまえば「マンマネジメント」が異常なくらい上手い。海外では部下の育成に悩む人はクロップを参考にすることも多いとかなんとか。

 

なんで9.5点やねん!だが、俺の好きな選手がアホみたいに干されてるからです。

 

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試合後は1人1人とハグをするロッキー大好きなドイツ人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GK

アリソンベッカー

8/10

 

長い交渉の末、クラブ史上2番目に大きな移籍金と共に昨年の夏やってきた、悲願のリーグ制覇へ向けた「ラストピース」。GKに課題を抱えていたレッズにとって喉から手が出るほど欲しかった世界3番指に入るであろうGKである。

 

出来ないことがもはやない。シュートストップはもちろん、飛び出しの判断、キーパーなのにそこらへんのフィールドプレーヤーより正確な足元の技術などあるが、何よりも「MUST WINゲーム」にめっぽう強い。

 

ざっくり言うと、負けたら終わり、という試合で点を取られたことがない。しかもまあビッグセーブを連発する。

 

真面目な性格も好感が持てる。レッズ加入前はブラジルとイタリアでの経験しかなく、英語力に難ありかもしれなかったが(本人もリバプール英語、通称“スカウス"は難しいと認めている。確かにすげえ難しい)、先日のバロンドールの式典でスピーチをした際には綺麗な英語でスピーチをしており、ピッチ外での取り組みもしっかりやってるんだなということでとても感銘を受けた。

 

ただ開幕戦で怪我したり、一発レッドあったので減点です。

 

 

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奥さんがめちゃくちゃ美人、こう見えてアリソンはまだ27歳。俺と3つしか変わらんのかい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GK

アドリアン・サン・ミゲール

 

9/10

 

今夏に退団したミニョレの後釜として、フリートランスファーで第2キーパーとして加入したスペイン人。

基本的にカップ戦要員のはずが、開幕戦でアリソンの負傷があり、2ヶ月ほど正ゴールキーパーとして奮闘。足元の技術は当然アリソンに及ばずだが、随所でビッグセーブを見せ、アリソンの穴を見事に埋めてみせた。

 

 

 

SNSではしょっちゅう誰かにコメントしており、ピッチ内外でミニョレの穴を余りある活躍。

 

 

 

 

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グローブも黄色かい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DF

トレント・アレクサンダー・アーノルド

10/10

 

長い!長すぎる!Twitterでは間違いなくフルネームを使えない選手、それがTAAことトレント・アレクサンダー・アーノルド

8歳とかそこらからリバプールの下部組織出身であり、まだ21歳。

 

しかし既に世界最高峰の右サイドバックとして評価はうなぎ上りしている。

 

相手の守備戦術を一瞬にして破壊してしまう正確無比なサイドチェンジ、どんな角度でも精度高く蹴り込めるクロス、フルスプリントからのグラウンダーでの弾丸ミドル、ビッグゲームでは極端に上がる守備力、何より地元出身ならではの並々ならぬリバプール愛。

 

こんな選手がサイドバックにいるのはもはやチートかなんかかと思うが、ルールは守ってるのでお許しを、

 

 

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大事な事は3回言いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

DF

アンドリュー・ロバートソン

10/10

 

2年前の夏に降格したハルシティから800万ポンドでイングランド北西の港湾都市にやってきたスコティッシュは今では押しも押されぬレッズの左サイドバックへと成長した。

 

90分間常にスプリントを繰り返せる無尽蔵のスタミナ、正確なクロス、メッシ相手でもちょっかい出してしまうやんちゃさ、なによりも戦う姿勢。

 

チーム内ではミルナーを尊敬しているらしく、一刻も早くその尊敬の対象はやめて欲しいと願って止まない。

 

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はい。

 

 

 

 

 

 

 

 

DFジョエル・マティプ

 

10/10

 

昨年のロブレンの怪我でチャンスを掴んで以降、ファンダイクと抜群の安定感を築いたカメルーン人は異論無きレッズのレギュラーへと出世した。

 

ファンダイクと構成する鉄壁のディフェンスは言わずもがな、球出しの質、何か思い立ったかのように突然し始めるドリブル(そしてそれがまあ上手くいく)、大抵の相手には追いつけるスピード、とまああまり評価はされないが現代のCBに求められるものをかなり高水準で備えた選手。

 

 

怪我癖をついに克服したと思いきや案の定長期離脱、しかもいつ戻るか不明というまあ困るやつ。早くしてください。

 

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マティプの契約延長時にファンダイクが公式にリプライで送った画像。なんやねんこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DF デヤン・ロブレン

7/10

 

ファンダイク加入後は急激に自信を高め、W杯で決勝まで行った際には「僕は世界最高のDFの1人」とかなんとか言って未だにネタにされてるネタ枠。

 

まあネタではあるが、このレベルの選手を4番手として使えるのが今のレッズの層の厚さとも言える。

 

対人も強く、なぜか知らんが最近はパスの精度もめちゃくちゃ高く最終ラインからのロングパス1本でアシストを記録など、とてもらしくないプレーを連発中。

 

かと思いきや、いつも通り怪我をしてしまいジョーゴメスにポジションを譲りジョーゴメスが見事な大活躍中。今季中にポジション取り返さなければ退団かね。。。

 

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インスタにはサラーを載っけておけばいいと思ってそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

DF ジョー・ゴメス

7.5/10

 

昨シーズンの開幕から数ヶ月はファンダイクの"ベストパートナー"として文句のない活躍を見せていたものの、案の定怪我をしてしまいその間にアピールに成功したロブレンとマティプにポジションを奪われる。

 

今季もその序列を崩せず、与えられたチャンスでもなかなかアピール出来ていなかったが、マティプとロブレンの離脱から出ざるを得ない事に。

 

しかしここで活躍出来るのが今のレッズなのかもしれない。

 

対人の強さ、空中戦の強さ、FW顔負けのスピード、ファンダイクが横にいることから生まれる安心感なのか知らんが、マティプが宿ったかのような持ち上がりと、精度の高い縦パス。

ファンダイクとゴメスコンビが1番無失点率高い(気がする)し、年齢考えると怪我をしない限り今後数年の最終ラインは固まってるのかもしれない。

 

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ケンカツヨソウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DF ヴァルヒル・ファン・ダイク

9/10

先日のバロンドール授賞式ではメッシにわずかに及ばず2位に終わったが、今や文句なしに世界最高のCBとなったオランダ人。

 

ファンダイク加入後のレッズ守備陣の安定感は書く必要すらない。

 

ファンダイクが後ろにいることで相方のCBは前に出ることができ、両サイドバックはウイングばりに上がることが出来、中盤から前も突破される事を恐れず前からボールを狩りに行ける。

 

守備能力だけではない。昨季のチャンピオンズリーグバイエルン戦ではCBなのに「1ゴール、1アシスト、1ゴールの起点」という訳わからんスタッツも残し、得点後には名実況の下田氏が「貴重な追加点は今シーズンリバプールに"違い"をもたらしたオランダ人が取りました」と叫んでいた。

 

 

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得点後なのにファンダイクに恫喝されてしまうサディオ・マネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翻訳ごっこその2

とりあえず続けられる限りは続けて行こうと思うので、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は日本がW杯でも対戦したセネガル代表DFカリドゥ・クリバリが書いた

 

   「We Are All Brothers

僕が思うに、子供達は大人以上にこの世の中のことを分かっている。特に他者との関わりということに関してはね。

 

 

 

時々人々は取材において僕に「カリドゥ、人種差別が君に向けられた時どう感じてる?辛いかい?どう対処するべきかな?」なんて聞いてくるけど、正直答えるのはとても難しいんだ。

 

 

 

個人的な意見として、経験してみないことには到底理解できないものだ。とても残念なことだし、それについて話すのは辛い。けど、ここでは何とか伝えられる様に努めてみるよ。なぜならこれを読んでる子供達に分かってほしい大事なメッセージが込められているから。

 

 

 

しかし最初に私は憎しみについて話さなければいけない。

 

 

 

私がフットボールにおいて差別を初めて受けたのは数シーズン前のラツィオ戦だった。僕がボールに触るたびにファンがノイズを立てるんだ。けど、僕は理解できてなかったのかもしれない。ボールが途切れた時、僕はチームメイトに聞いてみたんだ。

「彼らは僕に向けてのみやっているのか?」

 

 

 

試合は続き、ラツィオのファンは僕がボールを触るたびに猿の鳴き真似をしていることに気づいた。

こんなことになるなんて思いもしなかったさ。

文句を言うために、試合中ではあったが何度かピッチを去ろうとすら思った。

だが、それでは連中の思うツボだ。

こんなふうに自分自身に語りかけたのを覚えている。

「なぜ彼らはこんなことをする?僕が黒人だから?この世界で黒い肌を持つことは異常なことなのか?」

 

これまで何千回もしてきた様に、僕は自分が愛するゲームをしていただけなんだ。とても傷ついたよ。酷く侮辱されたんだ。正直言って、自分自身を恥じる時期だってあったくらいだ。

 

しばらくしてから主審のイルラティが試合を止めて僕の方は駆け寄りこう言ったんだ

「カリドゥ、僕は君の味方だ。心配しないで。このチャントをやめさせよう。もし君が試合を止めたくなったら、いつでも教えてくれ」

 

 

とても勇気ある行動だったと思う。だけど僕は彼に試合を最後までやりたいと伝えた。彼らはファンの方に話し、その3分後、試合は再開した。だけど、そのチャントが止まることはなかったんだ。

 

試合を終え、ロッカールームは歩いている時、とても怒りに満ちていたよ。しかしそれから大事なことも思い出したんだ。

試合前、僕の手を握り共にピッチへ入場するマスコットボーイがいた。僕のユニフォームが欲しいと頼んできてね。試合後にあげると約束したんだ。そこで振り返り彼を探した。スタンドの中に彼を見つけユニフォームを渡すと、彼はなんて言っていたと思う?

「こんな事が起きちゃって本当にごめんね。」

 

 

これはとても僕に影響を与える出来事だった。この少年は僕が知りもしない多くの大人がした愚行のために誤っているんだ。彼にとっては初めて(差別について)考える機会だった、そんな感じがする。

 

彼にこう伝えた「気にしないでくれ。ありがとう。チャオ」

 

 

これが子供の心の持ち方であり、現在世界中で失われているものだ。差別というのは何も肌の色を原因としたものだけじゃない。何人かのファンは僕の仲間にも何か言ってたよ。

セルビア人選手に対しては「ジプシー!(ヨーロッパに散在する少数移動型の民族のこと、差別用語」といい、イタリア人であるインシーニェに対してですら「クソ野郎のナポリタン!」と言っていた。

 

 

私たちはより良くなる必要がある。何か起きた時、クラブは何かしらの発表をする。しかし、それはまた起きる。イングランドではどれだけ良くなったことか。差別行為を行った人間が特定されると、その人は2度とスタジアムに来ることができないんだ。いつかはイタリアでも同じようになることを僕は強く望んでいる。

 

しかし同時にそんな愚かなことをしてしまう人々のことを考えることもある。

どうすれば彼らを変えられる?どうすれば彼らに伝わる?ってね。

 

 

僕は答えを持っていない。自分の物語を伝えるしかないんだ。

 

 

多分、人々が僕のことを見て思うのはフットボーラー、もしくは黒人フットボーラー、その程度だ。だけど僕はそれだけじゃない。

いつだって親友達にはこう伝えてきた、「もし君たちが僕のことを『リトルカリドゥ』と言った調子や、友として見ずに、フットボーラーとして見るようならば、僕の人生は失敗だったようってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はフランスのサンタ=ディエという街で育った。多くの移民がいる街だ。セネガル、モロッコ、トルコなどのね。僕の両親はセネガルからやってきた。実際には父が最初にやって来たんだ。彼はlumberjack(木材を切る人)だった。真のFrench lumberjackさ。彼らは本当に存在する。けど、職を得る前は紙も持たずにフランス

へやって来て繊維業で働いていた。週に7日だ。土曜も日曜もない。その生活を5年間続けたおかげで十分なお金がたまり、母をフランスへ連れてくる事ができた。そして最終的に僕、リトルカリドゥが生まれたというわけさ。

 

 

僕の母は初めてセネガルは戻った時のことを話すのが好きでね。僕は当時6歳で少し不安だった。祖父母や従兄弟に会うのは初めてだったし、世界の別の部分では人々はこんなふうに暮らしているのかと少しショックを受けた。子供達は皆、裸足で外を駆け回りフットボールをしてて、少し混乱しちゃったんだ。

 

 

母の話によると、僕は彼らの靴を買ってあげようって頼んだらしいんだ。そうすれば僕も彼らとプレー出来るって。

 

 

だけど母は言ったんだ。「カリドゥ、靴を脱ぎなさい。彼らのやり方に従いなさい」

 

 

最終的に、僕は靴を脱ぎ捨て従兄弟たちとフットボールをやった。こここそが僕のフットボールストーリーの始まりなんだ。フランスに戻った時、僕の家の近くの公園で毎日フットボールをやった。移民がとても多い地域だったから、セネガル対モロッコ、トルコ対フランス、トルコ対セネガルといった感じでやってたよ。

 

それはまるで毎日がW杯のようだった。

 

これは近所の人々の...

んーなんて言えば伝わるんだろう?

もし母が何か必要としてたら、最初に行くのは雑貨屋じゃないんだ。まずは近所の人に頼むのさ。ドアは1つして閉まっていない。理解出来るかい?友達の家に行く時は「やぁ、モハメドはいる?」って調子さ。

 

そしてモハマドの母は「いないよ。出かけてるんだ。プレーステーションをやりに来たのかい?」ってね。

 

分かったろうけど、僕の家にはプレーステーションはなかった。だから靴を脱ぎ捨て、まるで自分家であるかのようにくつろいでいた。歓迎されてることを強く感じていたよ。

 

もし彼女(モハメド君の母親)が「カリドゥ、パンでも買ってきて!」とでも言えば僕は彼女の息子のように店に行く。

 

こんな環境で育てば、君には周りの人が全て家族に思えるものだ。私たちの中には黒人、白人、アラブ人、アフリカ人、ムスリム、クリスチャンがいた。けど、僕たちは皆フレンチだ。もしお腹が空いていたら、皆でトルコ料理でも食べに行こうってね。もしくは皆で僕の家に行ってセネガル料理を食べようか。僕たちは皆違う、だが、皆平等だ。

 

2002年のW杯の時のことは今でも覚えているよ。フランス対セネガルの試合があったんだけど、僕たちは学校に行かなきゃいけなかったんだ。日本で試合があったんだけど、時差があったからね。僕たちは皆休み時間に外に行き、まるでW杯決勝のようにプレーをしたんだ。それでもその後は教室に戻り勉強しなきゃいけなかった。

 

とてもがっかりだったよ。

 

試合は午後の2時からだった。

 

1時59分に先生が言った「さあ!皆教科書を開いて!」

 

僕たちは皆教科書を開いた。皆夢を見ているような感覚だったけどね。誰1人教科書を読むことなんて考えていない。僕たちが考えていたことといえば、アンリ、ジダン、ディオフ、、と言った感じさ。

 

2分、3分と時間が経ち、先生が突然言ったんだ。

 

「よし皆!教科書を閉じろ!」

 

僕たちは皆、「どうなってんだ?何言ってんだ?」ってなっちゃったよ。

 

彼は「これから教育系の映画を見ます。とても退屈だと思うけどね。」

 

それから彼は少し離れ、小さな教室のTVをつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランス対セネガルさ。

 

「秘密だから、いいね?」と彼は言った。

 

それは僕の人生における最も美しい瞬間だったといえる。クラスメートは25人、トルコ人、モロッコ人、セネガル人、フランス人...

だが、僕たちは皆一緒だ。

 

今でもはっきり覚えているよ。セネガルが勝った後、家に帰ったら友人のセネガル人の親達は皆通りで踊り狂っていたことをね。それから、あまりに皆幸せそうにしてたもんだから、ついにはトルコ人やフランス人も一緒になって踊っていた。

 

この思い出は僕の心に強く残っている。何故ならこれこそフットボールだ。これこそ僕の家族達(原文はneighborhoodだが、ここで近所と訳すのは違和感あるので家族と訳す)なんだ。

 

君は人生において全てを持っているとする。お金を持ち、かっこいい車も持ってるとしよう。

だが、この世界にはどうやってもお金で買えないものが3つだけある。

友情、家族、平穏だ。

 

これらは人生において何よりも大事なことだ。

 

絶対に買うことは出来ないこと、これらこそ僕が子供達にもっとも伝えたい大事な教訓だ。これこそ両親が僕に教えてくれたことだ。彼らは僕のフットボール生活なんて気にしていなかったよ。全くもってね。

 

 

両親は一度も僕の試合を見に来たことがない。お父さんが1回だけあるかな。お母さんは1度もない。だけど、彼らは時々TVでやってる大きな試合を僕と一緒に見ていたんだ。ならばと思い、彼らをスタジアムに連れ込んでやるぞって強く心に留めるようになったよ。

 

TVに映らなきゃいけない、そうすれば彼らは見てくれる。

 

 

メスのトップチームに呼ばれた時のことは2度と忘れないよ。TVで放送されてることは知っていた。僕は控えとして終盤に出場したんだ。だから試合後にはすぐに「母さん!見てくれたかい?喜んでくれたかな?」って電話したんだ。

 

けど彼女は「喜んだかって?だってあなたはいつもフットボールをしてるじゃない?普通のことでしょ。それはあなたの好きなこと。今日あなたはTVに映った。それは良いことかもね。」

 

 

彼女に悪気はなかった。そういう人柄なんだ。彼女にとっては子供の時に僕がプレーしてたことと何ら変わらない。ひょっとしたら人にやってはこうして見るのが良いのかもしれないね。フットボールは人々を繋ぎ合わせる、そうだよね?フットボールは僕を世界中に連れて行ってくれた。ベルギーのヘンクに行き、それからイタリアのナポリだ。おかげで多くの言葉を学び、多くの人々に出会うことが出来た。

 

ある言葉がある。「もし全ての言語を操れれば、君には全てのドアが開かれる」

 

嘘をつくつもりは全くないよ。僕は自分の価値観を他の人々に押し付けたり地域で貫くのは良くないことだと思ってる(うまく訳せんけど、まあ郷に入りては剛に従え的な?)

ナポリに来る前、僕はとても不安だった。イタリア語も分からなかったし、マフィアや犯罪についてなどの悪い噂も聞いていたからね。行ったこともないから、それらの噂が本当なのかどうかすら知らなかったんだ。

 

実際にあったことで、とても面白い話がある。

 

僕がベルギーのヘンクでプレーしていた時、チームメイトのアーメドが僕の家に来て数日間泊まることになっていた。

彼を待っていると知らない番号からの電話が鳴ったんだ。

 

英語でこう答えたよ「こんにちは。どちら様ですか?」

 

声の主は「やあ、ラファ・ベニテスだ」(リバプールレアル・マドリードの指揮官も務めた名指揮官)

 

僕言ってやったよ「アーメド、ふざけてないで早く来いよ。僕はずっと待ってるんだぞ」

 

そして電話を切った。

 

そしたらまた電話が鳴った。

 

「アーメド、やめるんだ。ここにいるから。いつ着くんだい?」

 

「やあ、ラファ・ベニテスだ」

 

僕は電話を切った。

 

それから代理人から電話があったので電話に出た。

 

彼は「カリ、元気か?ナポリ監督のラファ・ベニテスから電話はあったかな?電話するって言ってたから」と言った。

 

「何だって!冗談だろ!?たった今電話が来てたよ!友達の冗談かと思って切っちゃったじゃないか!」

 

それから代理人がラファに電話をして事情を話し、ラファは再度かけ直してくれた。僕は何事もなかったかのように電話に出てやったよ。

 

僕は「やあラファ!ハロー!ボンジュール!オラ!ハロー」ってね。

 

彼は「やあカリドゥ、英語で話したほうがいいかな?」

 

僕は「あなたの好きな言語で」って返した。

 

結果的にはフランス語で話したけどね。

 

 

彼は色々聞いてきた。彼女はいるのか、パーティに行くのは好きか、ナポリの街や選手のことは知ってるか?みたいなことをね。

 

「ええと、ハムシク(ナポリのレジェンド)は知ってるよ!」

 

実際は街も選手も何も知らなかった。けどラファ・ベニテスのことは知っていた。彼のいう言葉全てが印象的だった。

 

電話を終え、代理人に電話をした。

「何だってやってくれ。ナポリに行く」

 

冬の移籍市場が閉じるまで48時間しかなくて、結局移籍は成立しなかった。けどラファは本気だった。彼は僕を夏の移籍市場で買ってくれたんだ。

メディカルチェックに着いた時、とても緊張していたよ。僕は全くイタリア語が分からなかったからね。途中で会長のディ・ラーランティスにも挨拶をした。

 

そしてこの出来事こそがナポリという街とクラブを表していると思う。

 

彼は愉快な感じで僕を見つめ、「やあ、君がカリドゥかい?」と聞いてきた。

 

「えぇ、そうですよ」

 

「しかし君はそんな大きくないな。192cmあるはずじゃなかったのか?」

 

「いやいや、僕は186cmしかないですよ」

 

「クソ!どこを見ても君は192cmと書いてあるじゃないか!今すぐヘンクに言って返金してもらわないと!」

 

「いえ、会長。払ってください。足りない分の身長はピッチ上で全てお返ししますから、心配せずに」

 

彼はこの言葉を気に入ってくれたらしく、「分かった。ナポリへようこそ、カリドゥ。ようこそ」

 

メディカル後にラファとランチへ行ったんだが、何よりも先に彼がやったことは他のテーブルのワイングラスを全て取ることだった。

彼はそれらをテーブルに置き、各地に滑らせるようにして置いた。

「何してるんだ?狂っているのか?」と思ったよ。

 

彼は「OK。これから君に戦術をお見せしよう」

 

ウェイターがやって来て、彼はグラスをテーブル全体に置き直した。「これが私たちのプレーの仕方だ。君はここにいる。それからここへ行く。分かるかい?今すぐに2つのことを理解しなければいけない。これらの戦術と、イタリア語を学ぶことだ」

 

「分かったよボス、分かった」

 

少しの休暇から戻った時、ラファは僕を分析ビデオのある部屋に呼んだんだ。そして彼は僕に僕のベストプレー集のビデオを見せた。最高のパス、タックル、スライディングとかね。

 

彼は言った「これ、後これとこれ。」

 

僕は言った「良いプレイだよね」

 

彼は「ここではこんなことは絶対するな」

 

「けどボールを取り返してるじゃないか!」

 

言葉にするのは難しいけど彼が次に言ったのはざっくり言ってこんな感じだ。

「こんなんクソだ!君が強いから取り返せてるだけだぞ!もし相手が賢い相手だったら面倒なことになっている」

 

それから彼は違うビデオを見せた。とても退屈な、ありきたりなプレイ集さ。

 

彼は微笑みながら言ったよ。「これは良いね。これも、これもそうだ」

 

僕はこう返した「だけどボス、こんなんありきたりすぎるよ。」

 

それに対して彼は「そうだカリ。まさにそれなんだ」

 

このやりとりこそがここでの僕の経験したことの全てと言っていい。イタリアに着いた時、僕はとても子供だった。ここで僕はより良い選手になった。なぜなら良い戦術を学ぶことが出来たからね。ここでの戦術はとても細かいよ。けど何より大きなことは僕はここで家族を持ち、真のナポリタンになったということなんだ。

 

フランスに戻ったときでさえ、僕の友達は僕に「セネガル人」や「フランス人」とは言わない。彼らは「ナポリタンが来たぞ」っていうんだよ。

 

ナポリという街は人を愛している。その暖かさはアフリカを思い起こしてくれるものだ。人々は君を見下したりしない。近くにきて触れようとしてくれるんだ。彼らは話をしたがっている。寛容なんじゃない。ただ愛してくれている。近所の人は僕のことを実の子供のように見てくれている。ナポリに来てからというもの、生まれ変わることが出来た。本当に平和を感じることが出来ているよ。

 

ここでの最高の思い出は息子が生まれたことだ。その日のことは絶対に忘れない。なぜならそれこそがナポリという街を完璧に表すものだからね。

 

ある朝、僕の妻は産婦人科に行ったんだ。そして僕たちは夜にサッスオーロとの試合があった。ビデオ分析の時間に、僕の携帯が鳴り出した。いつもは電源を切ってるんだけど、妻が心配で仕方なかったからね。

 

彼女は5,6回電話をしてきていた。

 

その時の僕たちの監督はマウリシオ・サッリ。とても熱い人だったし、僕は電話に出ないようにしていた。最終的に(多分ミーティングかなんかが終わって)外に出て僕は電話に出て妻はこう言った

「早く来て!すぐに生まれる!」

 

すぐにサッリのもとへ行ってこう言ったよ「すまないボス!行かなきゃ!子供が生まれるんだ!」

 

けどサッリは「そんなのはダメだ。君が必要だ。本当に必要なんだ。」

 

「息子が生まれるんだよ、監督。何だってしてくれていい。クビにしてくれていいし、罰してくれてもいい。僕は行く」

 

サッリはとても苛立ってるようだった。タバコを何度も、何度も、何度も吸い考えていた。それで結局は「分かった。早く病院へ行け。けど今夜の試合には間に合うように。カリ、本当に君が必要なんだ。」

 

全速力で病院へ向かった。父になったことのない人には、この気持ちは分からないだろう。子供な誕生を見逃すことなんて出来るはずがない。昼過ぎに病院へ着いた。おぉ神よ、13時30分に小さかナポリタンは生まれた。

彼のことはセニと名付けた。間違いなく僕の人生最高の日だ。

 

午後4時になってサッリから電話があった。分かって欲しいんだけど...彼は狂っている!もちろんいい意味でね。本当に狂ってるんだ。

 

彼は「カリ、向かってるのか!?君が必要だ!本当に必要なんだよ!頼む!」

 

妻はまだ休んでたけど、彼女もまた僕を必要としていた。だけど僕はチームメイトのことも愛してるし、彼らをがっかりさせたくなかった。何より、僕はナポリというこの街を愛している。結局は妻からの慈悲を得らことが出来て、僕はスタジアムは向かった。それから試合の準備を進めていた。サッリがドレッシングルームへ来てメンバー表を置いていったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の名前はなかった。

 

 

 

 

僕は言ったよ。「監督!冗談でしょう!

 

彼は「何がだ?これが私の選択だ」

 

彼は僕をベンチに置いたんだ!

 

スタートすらさせなかった(ちなみに今のクリバリはDFで世界3番指に入ると言われているくらいの選手。デカくて速くて強くて上手い、まとめると化け物)

 

僕は言ったよ「監督!子供!妻!彼らを置いてここへ来たんだ!僕が必要って言ったじゃないか!」

 

彼は言った「そうだ。ベンチに君が必要だ」

 

ドラマみたいだけど、先発しなかったんだ。

 

今考えると笑えるよ。けど当時は泣きたくなったね。

 

きっと君はこれをネガティブに捉えるかもしれない。だけど僕にとっては、これこそがナポリを愛する全てなんだ。説明しなきゃいけないとしても、きっと理解出来ない。ジョークを説明しようとするようなもんだからね。この街に来ればきっと分かる。狂っているさ。けど、本当に暖かい。

 

少しは僕のことを分かってくれたかな?

 

そう、ぼくはフットボーラー。

 

黒人のフットボーラーだ。

 

だけどそれだけじゃない。

 

僕はムスリムだ。僕はセネガル人だ。僕はフランス人だ。そして僕はナポリタンだ。

 

そして父でもある。

 

これまで世界中に行ってきて言葉を学び、扉を開いてきた。幸運なことにお金を稼ぐ機会にも恵まれた。だけど僕が学んできた何より大事なことを再度君たちに伝えたい。

 

この世界には買えないものが3つある。

友情、家族、そして平穏だ。

 

これこそが僕がサンタ=ディエで学んできたことで、自分の子供に伝えたいこと。

 

多分僕たちはみんな違う、きっとそうだ。

 

だけど、僕たちはみんな兄弟なのさ。

 

カリドゥ・クリバリ

 

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(クリバリが人種差別を受けた後のチームメイトであるベルギー代表、ドリース・メルテンスのインスタグラム投稿。「お前は俺が知ってる中でも最高のやつの1人だ。そのまま変わらないでいてくれよ。クソ野郎の相手なんかするな。一緒に立ち向かおう!」)

 

 

 

元記事:https://www.theplayerstribune.com/en-us/articles/kalidou-koulibaly-napoli-we-are-all-brothers

 

 

完全なる自己満始めます#長い

先日ヨーロッパに出張行った。

 

 

まあ酒を飲んで飯食うのがメインだったんだけど何より思ったのが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべ、全然英語分かんなくなってる。。。」

 

 

 

 

 

 

 

別に出来なきゃ出来ないで良いとも思ってる。英語が出来なきゃいけない!なんて言われて久しいが、いつの時代も求められるものは変わるし、変化の激しい時代に英語というツールの賞味期限は近いのかなー、なんて思っているので。

 

ただ俺は趣味に使うので、出来ないと趣味が少し楽しめなくなる。

よって少しは出来ないと困る。

 

けど、語学なんて使わないと使ってナンボだし、使う機会がいつもあるわけではないので、まずは趣味程度に翻訳ごっこでもやろうと思う。

 

何を題材に書こうか、と思ったが、やはり俺が英語を勉強したいのは外国のスポーツが好きだからなので、彼らの言葉を日本語にして伝えたい。

 

そこで主な題材は「Player's tribune」(ざっくり言うと選手本人が自分で書きたいテーマについて書くメディア。超雑に言うと自分語りとも取れるかも。元ヤンキースのキャプテンにして伝説のショートであるデレク・ジーターが創設)から俺の超絶低クオリティな翻訳をお届けしたい。

 

第1回は、俺の大好きなリバプール監督のユルゲン・クロップの記事で

   Maybe I Am Dreaming

少し恥ずかしい話から始めなきゃね。だって自分は時々不安になるんだ、世界中の人々がフットボーラーや自分たち監督のことを神や何かのように見ているんじゃないかって。クリスチャンとして、私は神を唯一無二のものとして考えている。間違いなく神はフットボールに関係ない。実際問題、私たちは皆よく間違いを犯す。私も若い時は多くのミスを犯したものさ。

 

次に話すのはそのミスのうちの1つだ。

 

話を2011年に戻そう。我がボルシアドルトムントバイエルンミュンヘンと戦っていた。ドイツではとても大きな試合だ。ミュンヘンでは20年くらい勝っていなかったんじゃないかな。

 

私は普段映画からインスピレーションを得る人間なんだ。だから選手たちを鼓舞したい時はいつもロッキーバルボアのことを考える。

 

個人的な意見だが、世界中の学校でロッキーシリーズを教材にするべきなんだ!まるでアルファベットを学ぶくらい当然であるべきなのさ。

もしあの映画を見て山頂に登りたいと思わないのならば、きっと君には何か問題がある。

 

まあそんなこんなで、バイエルンとの試合前にはミーティングのためにチーム全員を集めた。選手たちは皆座り、電気は消されていた。そんな状況で私は彼らに真実を伝えた。

ドルトムントが最後にミュンヘンの地で勝った時、君たちのほとんどはまだおむつをはいていた」

 

それから私はロッキー4のシーンをいくつか見せた。1つはイバンドラゴとの名シーン。とてもクラシックだ。

 

ドラゴはランニングマシンを走り、コンピューターに繋がれ、科学者たちが彼を精緻に調べている。覚えているかな?

私は選手たちに言った

「分かるかい?バイエルンミュンヘンはイバンドラゴだ。全てが素晴らしい。最高峰の科学技術。最高のマシン。止めようがないのさ!」

それから次にロッキーのトレーニングを見せた。シベリアにある小さな木造部屋の中で行われているトレーニングをね。パインツリーを切り落とし、雪の中、その木材を運びながら山のてっぺんまで走るんだ。

それから私は選手たちにこういった

「いいか、これが私たちだ。私たちはロッキーだ。ちっぽけな存在かもしれないが、大きな情熱がある。王者の心を持ち、不可能を成し遂げることだってできるんだ!」

 

そんな調子で私は話し続けた。そんな時にふと選手たちの反応を見てみたんだ。私はてっきり彼らは椅子を立ち上がり、シベリアの山を狂ったように駆け上がる準備でもしてんのかと思ったんだ。

 

けど実際はそこに座っていただけだった。不思議そうな目で私を見つめながらね。

完全になんのことだか分かっていなかったんだ。

彼らは「この男はなんの話をしているんだ!?」といった調子で私を見ていたよ。

それから気づいたんだ『待てよ。ロッキーはいつの映画だ?80何代だったか?彼らはいつ生まれてるんだ?』

 

最終的に「よし、ロッキーバルボアのことを知っている者は手を挙げてくれ」と聞いてみた

 

...

 

 

 

 

 

 

 

 

2人しかいなかった。

 

残りの選手は皆、「分からないな、申し訳ないボス」

 

私のスピーチは全くナンセンスだったんだ。シーズンで1番大事な試合前で、何人かの選手にとっては人生で最も大事な試合かもしれないというのに!それなのに彼らの監督ときたら最後の10分はソ連の科学技術とシベリアについてしか話してないんだ!信じられるかい?

 

まあそんなこんなで一から話を始めなきゃいけなくなったんだ。

 

分かったと思うけど、これは実話さ。人生において本当に起きた出来事だ。

 

私たちは人間だ。時々、自らを恥じることだってある。人生とはそういうものなんだ。フットボールの歴史に残るようなスピーチをしたと思っていても、実はまったくもってナンセンスなスピーチだったりする。しかし翌日には再び起きて進んでいくものなんだ。

 

この話における最も奇妙なポイントは分かるかい?

 

正直言うとその試合に関して勝ったか負けたかは確かじゃないんだ。確かなのは3-1でミュンヘンの地で彼らを打ち負かした前日に私がそのスピーチをしたことがその話をより良い話にしてくれていると言うことだ。まあ勝敗は確かではないんだけど!(多分、フットボールや人生において大事なのは勝ち負けではないということを言っている)

 

これは人々には理解できないフットボールの特徴の1つだ。

 

結果に関しては忘れてしまう。いろいろな結果がごちゃごちゃになってしまうんだ。

 

だが、選手たち、あそこでの時間、上記のちょっとした小話、私は決してそれらのことを忘れないだろう。

 

FIFAの最優秀監督賞を受賞できたのはとても光栄だ。けど本心を言わせてもらうと私1人でトラフィーを持ち壇上に立つというのは好ましいシチュエーションではない。フットボールにおいて私が成し遂げてきた全てのことは周囲の人の支えがあってこそなんだ。それは選手だけでなく、家族、子供たち、私が全く持って平均的な人間だった時からそばにいてくれた人たちだ。

 

20歳の時に誰かが私の元にやってきて将来私が成し遂げることを伝えられたとしても私は信じなかったに違いない。もしマイケル・J・フォックスがホバーボードに乗ってやってきて未来に起こることを伝えてくれたとしても、私は『そんなことはあるはずがない!』と言っただろうね。

 

20歳の時に、私の人生を大きく変える出来事が起こった。私自身はまだまだ子供だったが、私は父になったんだ。正直に言うと、良いタイミングではなかったね。私はまだアマチュア選手だったし、練習と大学生を両立していた。

学費を払うために映画のビデオを保管してる倉庫で働いていた。若い人のために言っておくと、DVDではないよ!これは80年代の話で、当時は全部がフィルムに収められてたからね。毎朝6時にビデオを集荷するトラックがやってきて、私たちと巨大な鉄との戦いが始まる。とても重くてね、いつだってそれがBen-Hurみたいな巨大な4つのリールで巻かれた何かでないことを祈ってたものさ。もしそうだったらそれはとても運の悪い日さ。

 

毎晩5時間寝ていた。それから倉庫で働き、終わったら学校に行き、夜はフットボールの練習だ。家に帰れば子供と過ごす。とても大変な時間だったが、人生というものを教わることが出来たと思う。

 

若くしてとても真面目にならざるを得なかった。私の仲間がパブに飲みに行こうと誘ってきて、全身が『うぉ!めっちゃ行きてぇよ!!』と言う。しかし、行くことは出来ない。既に自分だけの人生ではなかったからね。自分がどれだけ疲れていて、昼過ぎまで寝ていたいと思っても、子供にとってはそんなの関係ないんだ。

 

自分の子供の将来を危惧する時、それは本当に大変な心配事だ。ピッチ上で起きるフットボールの出来事なんてとても比べることは出来ない。

 

時々人々は私になぜいつも笑顔なのか尋ねてくる。たとえ負けた後でも時々私は笑っているからね。理由としては、そうだね、子供が生まれた時かな、気付いたんだよ。フットボールなんて生きるか死ぬかではないということにね。私たちの仕事は命を救うことなんて出来やしない。フットボールは悲しみや憎しみを与えるようなものであってはならないんだ。フットボールはインスピレーションや喜びで包まれてなくてはならない。特に子供にとってね。

 

私はこの小さなボールがどれほど多くの選手たちに力を与える事ができるか見てきた。私の選手たち、サラーや、マネ、フィルミーノ(みんな激貧からクロップの元で世界最高峰の選手に上り詰めた選手たち)の様な選手たちのこれまでの旅はとても信じがたいようなものだ。

私が若い時にドイツで直面した危機なんて、彼らが乗り越えてきた苦難ととても比べようがない。彼らにとって諦める事は簡単なはずだったが、彼らはそれを拒み続けたんだ。

 

彼らは神ではない。単に夢を諦めなかっただけだ。

 

私の考えだが、フットボールの98%は失敗への対処だ。それでも私は笑っていられるし、翌日にはその中で喜びを見つけることが出来る。

 

かなり若い時期の失敗から私は学んできたが、最初の1つはとても忘れられない。2001年に選手として10年間プレーしていたマインツの監督を引き継ぐことになったんだ。問題は全ての選手たちが依然として友達だったことだ。一晩が過ぎ、監督は私でも彼らは私のことを「クロッポ!」と呼んでいた。

 

最初のメンバーの発表をする時、(ホテルで)1人1人の部屋に行き顔を見て話すのが唯一正しいことと思っていた。

 

しかし、これはとても嫌なものだった。私たちのホテルはツインルームだったんだ。

 

想像してみてくれ。最初の部屋に入り、選手たちはベッドに座っていて、私は1人の方を向き「君は明日先発だ」と言う。

そしてもう一方の方を向き、「残念だが、君はベンチスタートだ」と言う。

 

控えの選手が私の目を見て、「クロッポ、、何でだ?」と聞いてきた時、どれほど辛いやり方だったか気づいた。

 

大抵の場合、そうした質問に正しい答えはない。唯一言えることは「私たちは11人しか先発させることは出来ない」だ。

 

残念ながら、私はこれを8回かそれ以上やらなきゃいけなかった。ツインルームに泊まる18人の選手たちそれぞれの部屋に行き「君は先発。君は違う」ってね。

 

そして毎回、「クロッポ、何でだ?」さ。

 

ハハハ!なんて耐え難いことだったか!

 

監督としてたくさん涙を流してきたが、それが最初の1つさ。そうした時何が出来るのか?ティッシュを掴み取り、涙を拭き取り学ぶしかないんだ。

 

もし君が未だに私を信用できないならこれを考えてみてくれ。

「なお、監督としての私の最大の成功災害から生まれてきたことだ」

 

チャンピオンズリーグの舞台でバルセロナに3-0で負けたことは考えられる限り最悪の結果だった。2ndレグに向けて準備する際、私のスピーチはとても前向きなものだったよ。この時はロッキーの話をしなかったけどね!ほとんど戦術の話さ。しかし真実も伝えたんだ。「我々は世界最高峰のストライカー2人を欠いて戦わなければいけない。(この時スリートップのうちの2人、サラーとフィルミーノは怪我で欠場)

世界中の人々は不可能と言うだろう。正直に言って、ほとんど不可能なことだ。けど君たちならどうだろう?そう君たちなら、我々にはチャンスがある。」

 

本気でそう信じていた。フットボーラーとしての彼らの能力の問題じゃない。人間として、どんな人なのか、そして彼らが人生において打ち破ってきたもの全てがそう思えた理由だ。

 

私が付け加えたのは1つだけ。

「どうせ負けるなら、最も美しい散り方をしよう」

 

当然、言うのは簡単さ。私はタッチラインから叫んでるだけなんだからね。選手たちにとって実行するのは本当に大変なことだった。

しかし選手たちの、アンフィールドに集まった54000人の観客の力で、私たちは不可能を成し遂げた。

 

フットボールにおける美しいことは、1人では何もできないということ。何1つとしてだ!信じてくれ。

 

不幸なことに、チャンピオンズリーグの歴史において最も印象的な場面を私は見逃してしまった。これはフットボールの監督の人生としていいメタファーかもしれないね。まあ分かんないけど!しかし私はアーノルドが美しい才能を放った瞬間を本当に見逃してしまった。(コーナーキックの際にバルセロナの選手の守備の準備が整う前にボールを蹴り込み決勝ゴールをアシスト)

 

私が見たのはボールがネットの隅に突き刺さった瞬間だ。

 

コーナーの前にアーノルドがボールを取り、シャキリコーナーキックを蹴るべく向かっていたのを見た。

 

ここで私は目をベンチに向け、交代の準備をしようとした。アシスタントに話しかけ、、そして、、分かるだろう?その時のことを考えるといつだって鳥肌が立つ...私は歓声しか聞こえなかったんだ!

 

ピッチに目を向けると、ボールがゴールに入っていた。

 

そして言ったよ「どうなってるんだ!」ってね。

 

アンフィールドは完全に狂い切っていた。アシスタントの声がほとんど聞こえないから、彼は叫ぶように「交代はしますか!」と言っていた。

 

ハハハハ!私は彼の言葉を忘れないよ!いつだって私と共にあるものだ。

 

想像できるかい?監督として18年、何時間もこのゲームを見てきたのに、私はフットボールの歴史において最もトリッキーな場面を見逃したんだ!その夜以降、(アーノルドのアシストを受けた)オリギのゴールを50万回は見直したさ。だが、現実はボールがネットを揺らしたのを見ただけだ。

 

試合を終え家に帰った時、ビールさえ持っていなかった(クロップはビールが大好き。さすがドイツ人)。1杯の水を持ち、静かな部屋で微笑みながら座っていただけだ。

 

その時の気持ちはとても言葉にする事が出来ないものだ。

家に帰った時、家族と友人達が皆集まり完全にパーティーの雰囲気だった。けど私は精神的にも疲れ切ってしまい、1人でベッドへ向かってしまった。心身共に空っぽだったのさ。

 

それは人生最高の眠りだった。

 

最高の瞬間は翌朝起きて「現実だ!本当に成し遂げたんだ!」と気づいた時だね。

 

私にとって、フットボールとは映画以上に刺激的な唯一のものだ。朝起きて、魔法が現実だったと気づく。本当にドラゴに勝ったのさ!本当に起こったんだ!

 

この事を6月のCL優勝パレードをリバプール市内で開催して以降考えてきた。その日の感情はどう言葉にすればいいんだろう?バスに乗り、「もう終わりに違いない、リバプール市内にこれ以上人がいるはずないさ」なんて思いながらね。けど角の方を向くと、パレードは続いていた。本当に信じられないようなことだった。

もしあの日の感情、興奮、愛情を空気中に放ったり、押さえ込んだり出来るようならば、世界はもっと良いものになるだろうね。

 

あの日、私の頭の中に浮かんだ感情はこれまで経験してこなかったものだった。フットボールは私に全てを与えてくれた。けど私はより多くのことをやり遂げ、世界に還元したい。「OK、当然のことさ」なんていうのはとても簡単なことさ。けど実際にどうやっていけばいいだろうか?

 

過去数年、私はファン・マタマッツ・フンメルス、ミーガン・ラピノエらが行なっているCommon Goal運動にとても感動している。もし彼らの活動を知らないならば、信じられないよ!120人以上のフットボーラーが収入の1%をNGO団体に寄付しているんだよ。彼らの活動は既にアフリカなどの地域の若い世代のフットボーラーの大きな助けになっている。

 

これは何も裕福な選手達だけの活動ではない。女子サッカーカナダ代表のスタメンもこの活動に参加しているし、日本やオーストラリア、ケニアポルトガルの選手達もだ。

どうして刺激を受けずにいられようか?これこそまさにフットボールのあるべき姿なんだ。

 

私もこの活動に参加したくてね。わたしも収入の1%をコモンゴールに寄付している。世界中のより多くのフットボール界が続いてくれるといいな。

 

正直に言おう。私たちはとても恵まれている。

世界中でチャンスを待っている子供達のために、その活動を行うことは権利ある立場としての責任なんだからね。

 

私たちは自分たちが辛かった時のことを忘れてはならない。私たちが住んでいるこの泡の中は現実の世界ではない。ごめんね、けどフットボールのピッチ上で起こることなんて本当の問題ではないんだ。このゲームにはお金や勝利以上に大切なものがあるべきなのさ。違うかい?

 

考えてみてくれ。私たちが1つになり、みんなが収入の1%を寄付した時に世の中にもたらす変化で何を成し遂げることが出来るのか。

 

ひょっとしたら私はナイーブかもしれないし、良い年をして狂った夢を見てるのかもしれない。

 

しかし、このゲームは誰のためにあるのだろう?

 

分かっているだろう。夢を追う人たちのためにあるのさ。

 

ユルゲン・クロップ

 

元記事:https://www.theplayerstribune.com/en-us/articles/jurgen-klopp-liverpool-fc

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カッコイイは正義

この前ネットショッピングでジム用(ボクシングジム)のシューズを買ったんだが

 

まあミスった。

 

品質にケチをつけるつもりは全くなく、ただ靴に関してはネットで買うならばまずはそのメーカーのを店で試着くらいしておくべきだった。

 

まずメーカーによって同じサイズでも横幅が若干違う。今回の俺のミスはまさにこれで、ボクシングで使うからステップの際とかに靴の中で自分の足が常にずれてるイメージ。

 

しかも靴裏見たらリングシューズじゃなかったし。

 

未だに後悔してる。

 

けどカッコイイから我慢して使ってる。

 

 

 

ネットで一度「ボクシングシューズ」みたいに検索すると、その後しばらくそれに関連した広告が出てきて(ターゲティング広告ってやつでしたっけ)その広告ページから飛んだんだが

 

まあ見事に広告にやられてしまったわけだ。

 

ネットに広告を出したいメーカーの方とか、マジで俺みたいに利便性よりもデザインだけで心を惹きつけられてしまうユーザーって一定数いるから、極力都合の悪い情報を乗っけずかっこいい画像を乗っけとけばある程度売れると思うよ。

 

だってやっぱ靴とかならカッコイイの履きたいじゃん。

 

 

俺の日ハム歴代ベストナイン#長い

今日は俺が16年間愛してやまない日本ハムについて、俺が見てきた中での「俺のベスト9」を発表するぜ

 

1番 レフト 西川

「16年応援してきたのにいきなり今の選手かよwww」などと言われそうだが、ここは迷いなく西川を選ぶ。

バッティングでは1番打者としての仕事をよく理解してくれている。ファウルをある程度狙って打てるので球数を投げさせることもできるが、スリーボールノーストライクみたいなカウントでも甘く来たら1球で仕留めて満塁本塁打というハルキスト(西川遥輝を愛する女性ファン)が昇天してしまいそうな離れ業をやってのけたこともある。上記の満塁弾に加え、オールスターでは狙って特大のホームランを放つなど、まあ言ってしまえば天才型の打者だ。打とうと思えば年間2桁本塁打は打てると思うが、1番打者として何よりも出塁率を意識してくれている。(2016年から2018年の平均出塁率は.391と驚異的な数字)12球団でも1,2を争うリーディングヒッターだ。

守備範囲も広い。内野手として入団したのに栗山監督の魔改造もあって今では不動のセンターだ。内野出身ということもあり若干肩の弱さは気になるが、札幌ドームの広い外野を考えると西川の守備範囲は欠かせない。

だが1番の武器は走塁のセンスだ。足の速い選手はたくさんいるが、西川は脚力だけでなくベースランニングがうまい。西川の足に絶大な信頼を寄せる栗山監督からはグリーンライト(好きな時に盗塁してどうぞというサイン)を与えられている。昨年のCSで初回に盗塁を刺された甲斐相手に6回ツーアウトの1点か2点ビハインドの展開で盗塁を決めた際はあまりのかっこよさに俺も昇天してしまった。

ちなみにヒーローインタビューはだいたい滑っている。

 

2番 セカンド 田中賢介

ここは余り異論ないのではなかろうか。メジャーに行く前には首位打者もとったし最多犠打も取ったことがある。確実性の高い打撃もそうだが、なんと言っても最低限の仕事をやらせるならこの男だ。

ランナー進めたいな〜と思えばしっかり進塁打を打てるし。

内野ゴロでいいから1点欲しい、、と思えば内野ゴロをしっかり打ってくれる選手だ。

アメリカでの挑戦は上手くいかなかったが、帰ってきてくれた時は本当に嬉しかった。正直もうちょい粘ればもっといい年俸を出すチームはあったと思う。ファイターズのために野球人生を捧げてくれた田中賢介のためにも、彼のラストシーズンとなる今季は必ず優勝したいところ。

ちなみに今季はベンチで有原航平の話し相手を務めており、有原好調の一因と言われている。

 

3番 指名打者 大谷翔平

正直3番は小笠原か大谷で迷った。小笠原は確かに偉大な選手だが、今の大谷のアメリカでの活躍を見れば異論はそこまでないと思う。

そんな大谷についてはもはや書くことはそんなにないだろう。「日本の投手は大谷に当ててはいけないと思って内側を攻めないから打たれる」などと張本をはじめとしたクソジジイどもがほざいてたが、それに従って内側を攻めた投手はことごとく餌食となった。そんな大谷も横の揺さぶりには弱く、たとえば森福みたいな横に流れていく変化球を得意とするサウスポーは苦手としていた(気がする)

だが基本的に比較対象のない天才なので、ミスショットが少ない。打席内で1つでも甘い球が来ればそれを仕留められる打者なので弱点もさほど気にはならなかった。どんな良いピッチャーでも試合中に何度かミスはするもんだからね。

栗山監督からは「食べちゃいたい」などと気色の悪い事を言われており、怪しい関係を一部ネットでは疑われている。

 

4番ファーストセギノール

最近は杉谷が「スギノール」などと言われているが、正直みんな分かってることだが、元祖とは比べ物にならない。セギノールNPB史上最高のスイッチヒッターではないだろうか。最近の助っ人外人にありがちな「ホームランは打てるけど率は低い」ということはなく、安定して3割前後でホームラン王も狙えるという超優良外国人助っ人である。2004年には札幌ドームで44本塁打を記録し、その年から導入されたプレイオフ進出に大きく貢献。2006年も本塁打こそ26本だったが打率は.295と安定感のある打率で日本ハムの44年ぶりの日本1に大きく貢献した。日ハム最終年の2007年こそ不振に陥り打率は.244だったが本塁打はそれでも21本。在籍4年間で本塁打は122本、平均打率は.283と数字が安定感を物語っている。

ちなみに今はマイアミマーリンズのスカウト部長を務めている。スパイとして良い外人をどんどん日ハムに輸入して欲しいものである。

 

5番ライト 稲葉篤紀

今をときめく侍ジャパンの監督。もうね、稲葉クラスになると「いてくれる」だけで良かったですよ。稲葉のことを悪くいう記事なんて見たことないし、稲葉引退に誰よりも涙していた中田翔が稲葉最後のCSで4試合連続本塁打を打った時に遠回しに稲葉の偉大さを感じた。なんとしても稲葉と少しでも長くやりたいんだろうなぁって。

稲葉の人格者っぷりを示すエピソードがある。

稲葉の応援歌の前には「稲葉ジャンプ」と言われるものがある。まあ応援歌の前奏時にみんなジャンプするわけだ。

そんなファンの行為に対して稲葉が行ったのは「初級は打たない」ということだった。初球を打って凡退になったら稲葉ジャンプが中途半端に終わってしまう。そんなファン想いな稲葉の人柄がよく見えるエピソードだ。

貧乏球団として名高い日ハムが獲得した唯一のFA選手としても知られている。まあ稲葉取れるなら金かけるのは当たり前や。

 

6番 センター SHINJO

何を隠そう、俺が日ハムの歴史上1番好きな選手が新庄だ。登録名をSHINJOにしてしまうとことか含めて大好きである。

新庄の名言に「イチロー君は記録。僕は記憶」という名言がある。まああなたワールドシリーズで初めて4番打者として出場した日本人選手という記録も一応持ってるけどね。

新庄について多くを語る必要はない。1つ1つが最高にかっこいいのである。グランドでの立ち姿。内野で集まってる時には外野手を集めて片膝立ててカッコつけるポージング(ちなみにこれは今の日ハム外野陣もやってる)。それ全部お前の感想じゃん、と言われそうだが、それでいい。新庄に理屈はいらないのだから。

サヨナラ満塁本塁打を打った際に喜びの余り前のランナーを追い越してしまいただのサヨナラシングルヒットにされてしまったという珍記録の持ち主。

 

7番 サード 近藤

近藤か小谷野で迷ったが、まあここは近藤でいいだろう。3割は当たり前、四球の数もリーグトップクラス、ツーストライク後の打率もリーグトップ。まあ打撃に関してはケチのつけようがないわけだ。

唯一の欠点として長打力に若干の弱さが見えるが、元はパワーがある選手だ(高校通算37本塁打とかそんくらい)。そんな近藤が今季はまだ2本と考えると、本塁打は出ないがより確実性を高めたスイングをしてるということなんだと思う。いかに下位打線からチャンスを作れるか、というのはいつの時代も大切なことなので下位打線に打率・出塁率に安定感のある近藤を7番に置かせてもらった。

料理がめちゃくちゃ上手らしい。小さな頃から家で手伝ったり、寮生活の高校時代には腹が減ると自分で夜食を作ってたからとのこと。。昨オフ結婚。内外野共にこなす器用な選手としても知られるが元はキャッチャー。打撃を生かしたいという栗山監督の希望から魔改造された。

 

8番 キャッチャー 高橋信二

今でこそ「捕手は打てなくてもまあ」みたいな風潮があるが、10年ちょい前はそんな風潮は無く、それはハムとて例外ではなかったのである。2004年には打率.285、本塁打は26本。投手のレベルが違うので一概に比較は出来ないが、今の中田翔よりよっぽど好成績である。

正直捕手としてはこれ!と言った印象はない。まあ可もなく不可もなくと言ったところか。成績の割に薄いのである。だが間違いなく移転後のファイターズを支えてくれたレジェンドだ。

現在は2軍のバッテリーコーチ兼打撃コーチを務めている。高橋信二以来打てる捕手がなかなか出ないので、そろそろ生み出して欲しいものである。

 

9番 ショート 金子誠

先に断っておきますけどね、「9番ショート」と「金子誠」はセットだから。9番ショートといえば金子誠なんですよ。

あるシーズンでは開幕からアホみたいに二塁打を量産し、「恐怖の9番打者」として知られている。肩が強いため守備位置を深く守っていた分、ファインプレーに見えるようなプレーはそこまで多くなかった。だが本人曰く「ファインプレーに見せるのは簡単。ファインプレーに見えないのが上手い選手」や「守備なら一晩中語れる」と言うなど、守備に並々ならぬこだわりを持っている。

そんだけ守備の人なのに、なぜか今はファイターズの打撃コーチを務めている。まあ確かに金子みたいなしぶとい選手多いわな。

 

投手 ダルビッシュ有

ここは異論なしだろう。日ハムのみならず、日本球界の歴史でも3本指に入るクラスではないだろうか(昔は分からんが、まあ合理的に考えると今の方がレベル高いし)。平気で150キロを超えてくる伸びのある直球。7色の変化球。「ダルビッシュだし負けても仕方ねえよな」と思わせちゃうくらいの投手だ(メジャー移籍の会見時、そんな日本の空気に嫌気を感じ「勝負」をしたいのがメジャー挑戦の1つの理由と語っていた)。

日本最終年ではもはやチートとしかいえないような投球を続け、18勝6敗 防御率1.44 奪三振276個というパワプロくん並みの数字を叩き出した。

ちなみに2011年というと「飛ばないボール」が話題となり、球界全体でホームランが極端に減ってる中、まるで人ごとのように本塁打を量産していた西武ライオンズ中村剛也(その年は48本塁打でダントツの本塁打王)は中居正広の番組において最強の投手について尋ねられた際こう答えた。

ダルビッシュ。1本もヒット打ってないので。特に今年は球が速かった。スピードガン的には155とかだけど、体感的にはもっと早く感じる。僕の時はほとんど真っ直ぐだったけどそれでも打てなかった(確か11-0 8三振)。」

プロ野球をちょっと分かる人なら分かることだが、中村剛也は間違いなく21世紀最高のホームランアーチストだ。左が松井なら右は中村。中村剛也がデビューした頃と比べると、投手の球速は上がったし変化球も増えた。それでも時代関係なく本塁打を打ち続けられる中村剛也は間違いなく歴史に名を刻むホームランアーチストである。

そんな中村剛也にためらいなく上記のような事を言わせただけでもダルビッシュの凄さが分かる。現在はメジャーで中々勝ち運に恵まれていないが、間違いなくサイ・ヤング賞を取れると信じてるのでそれを土産に現役最後は北海道に帰ってきて欲しい。

ちなみにツイッターでは一般人とレスバトルをし、ユーチューバーとしてもデビューするなどその才能は野球界にとどまらない。faridyuで一度調べてみて欲しい。